【ご報告】長女が天国に旅立ち、自分ががんになっても。「ありがとうの料理」が支えになりました。

2010年10月に「ママと子どもに作ってあげたい パパごはん」マガジンハウス の書籍用に撮影したときのお気に入り写真
左から、優梨香、私、次女

今日、2024年1月12日は、長女 優梨香の十三回忌です。

この日を迎えるにあたって、今の自分に何ができるのか。どんなことを伝えて、何をしたいのか。ずっと考えていました。

私だからできること。

長女が生まれてきてくれたことで、私はパパ料理研究家になり、ビストロパパ社を立ち上げました。

その、ビストロパパ社も今年の2024年4月3日で設立15周年を迎えます。

長女の十三回忌と、ビストロパパ社、そしてパパ料理研究家として独立起業して15周年の節目に、今、父親、母親、そしてこれからミライを担う子どもたちに伝えます。

2024年1月12日
株式会社ビストロパパ 代表取締役
パパ料理研究家
滝村雅晴

いつも、ビストロパパ社および私や家族を支えていただいている皆さま、ブログやSNSでの発信をご覧いただいている皆さまに、心から御礼と感謝を申し上げます。

天国に旅だった長女のこと

2012年1月12日 長女 優梨香が8歳8か月で天国に旅立ちました

あれから12年が経ちました。

命日や、誕生日の節目に、優梨香のことについて書いてきました。

元気だったら、今二十歳になり、先日の成人式では、二十歳の集いに参加していたでしょう。

まぎれもなく、私が料理を家族のために作ることが楽しみで、笑顔の食卓を囲めているのは優梨香のおかげです。

彼女が、自分のためではなく、家族のために作る思いやりある「パパ料理」に気づかせてくれたのです。

長女は、2011年の2月に歩行が困難になったことで、病院で検査をうけた結果「小児がん」と診断されました。脳腫瘍「脳幹グリオーマ」でした。

私たち夫婦は、夢と現実の区別がつかなくなりました。

その病名を調べるほどに、治療や回復が非常に難しいことがわかりました。

けれど、私たち夫婦はあきらめませんでした。

最後まで、優梨香が天国に旅立つ数日前まで、優梨香の病気が治り、元気になることを祈り看病しました。

しかし、願いは叶わず優梨香は、病気が見つかってからわずか10か月後に、8歳8か月で天国へ旅立っていきました。

「家族で食卓を囲む回数は有限」

優梨香との限られたトモショク(共食)が、パパ料理に出会えたことで、1回でも多くできたと思っています。

優梨香の病名は講演などでお話することはありましたが、こうして公開するのは今回が初めてです。

十三回忌を迎え、優梨香も二十歳になったことで、改めて、小児がんで頑張っている子どもたちや、小児がんのお子さんを持つ親御さんのへ何か力になれれば。そして、脳幹グリオーマという病気が、これからミライに治る病気になるために、お伝えすることにしました。

最後まで希望を持ち、娘に寄り添い、夫婦、家族が同じ気持ちで、なによりも優梨香を最優先に考えることで、ひとつの家族としていることができました。

自分が「がん」になって

長女が小児がんで天国に旅立つことになった私に、今度は「がん」が見つかりました。

毎年受けている健康診断を2023年2月に受けたところ、便潜血検査が2日とも陽性と診断され、要精密検査を受ける通知が届きました。ネットで、陽性はどのような場合になるか調べたところ、痔から、大腸がん(直腸がん)まで可能性があることがわかりました。

しかし、タバコも吸わず、コロナになってからお酒も止めて飲まず、日々ジョギング等の運動をし、健康食生活を送り、ぬか床生活を10年以上続け、玄米を食べ、青菜を愛し、自らなんの病気の症状も感じられず、自他ともに認める健康体であった私は「あっても痔だろう」と都合のいい解釈をし、そのまま精密検査を受けることなく、日々過ごしていました。

そんな中、2023年7月のある日、トイレに行ったところ「鮮血便」が出たのです。真っ赤な血だけが、少量ですが便器に付着しました。ウォシュレットが故障していたことが幸いし、すぐに気づくことができました。

その日に、大腸検査を受けられる病院を予約。7月22日に大腸検査を受けました。検査後、麻酔が切れて先生のもとへ診断結果を聞きにいくと、画像を見ながら「直腸がん」であることを告げられました。肛門から5センチほど離れたところに3センチほどの腫瘍が見つかったのです。

その場で、総合病院に連絡いただき予約をしました。

大腸検査から10日後、摘出された腫瘍の検体の病理検査の結果が出ました。

悪性腫瘍でした。

8月4日に総合病院に出向き検査結果を踏まえて診断され治療法が決まります。手術が必要。直腸とまわりのリンパ節の切除をするとのこと。その際、術後の縫合不全を防ぐために、一時的に人工肛門(ストーマ)になることを説明されました。腫瘍がもう少し肛門に近ければ、永久人工肛門になっていたかもしれませんでした。

手術は、ロボット手術(ダヴィンチ)を行うことになります。MRI、CT検査等受けたところ、がんの転移はなし。病院のスケジュールの都合で手術は10月4日に決まりました。

期間が開くことの心配がありましたが、私の場合、体の不調もなく、腫瘍の大きさや検査の結果、進行が早いがんではないとのことで、安心し、予定通りの治療計画にすることにしました。

手術まで2か月間ありました。すこしでもがんが小さくしようと、自分なりの健康生活を続けました。

がんの宣告があってから、手術に至るまでの間、がんになった本人は、一番不安になる時期でしょう。私も一時はそうでした。けれど、私には私よりも大変な病気になった優梨香がいましたし、その時「がん」については調べ、治るための方法も学び、できることはやった経験から、自分はきっと大丈夫だと信じました。

そしてなにより、妻でも次女でも親でもなく、自分ががんになって良かったと思いました。自分の考えで、自分の意思で、自分の行動で、治療し、治し、元気になればいいからです。

優梨香のがんが見つかったとき、どれだけ代わってあげたかったか。親がどれだけ頑張っても、病気と向き合っているのは優梨香だからです。

不安なことはもちろんありましたが、これも何かの使命だと思い、直腸がんと、入院、手術、一時的人工肛門の現実を受け止めました。

この時、不安な気持ちの支えになったのは、私のパパ料理を食べてくれる「家族」です。

優梨香が天国に旅立つ1か月ほど前、けいれんが起き、病院に緊急搬送されてからは、意識障害になり点滴で生きていました。

これだけ料理を作ることができるのに、優梨香は食べることができません。

作ってもらった料理を食べることも嬉しいですが、作った料理を食べてくれる家族がいることは、もっと尊いことだと優梨香が教えてくれました。

闘病中、唯一動く右手で、スケッチブック数十冊に渡り、大好きな絵を描き続けた優梨香。とっても優しいメッセージやイラストがたくさん。いつか、みんなを元気にする絵本にしたいと思っています。

8時間に及ぶ手術。そして腫瘍の病理検査の結果

10月2日に入院し、3日に2リットル近い下剤をのみ腸を綺麗にし、4日の朝9時から手術室へ向かいます。手術着に着替え、点滴スタンドを持ちながら、面会に来てくれていた妻に声をかけ手を振って、自らの足で手術室へ。

不安な気持ちと、いよいよ始まるのだという心構え、そして優梨香も水頭症の手術でシャント術をするために手術室に入っていった時のことを思い出し、心の中で「パパもがんばるよ。優梨香見守っていてね」とつぶやき、心を整えました。

とてもひんやりする手術室で、自分の名前と生年月日を伝え、説明を聞いた後、全身麻酔で眠ります。

「滝村さん、聞こえますか」

と何度も声をかけられて麻酔から目が覚めると、体中管が通され、酸素マスクがつけられた自分がストレッチャーで運ばれて病室に移動していました。どうやら手術は8時間かかったようで、午後5時まで待ってくれていた妻から手術が無事成功したことを伝えられました。

へその右斜め下には、小腸が皮膚の外に出されており、真っ赤な梅干しのような形の一時的人工肛門(ストーマ)、背中の麻酔の管、点滴、尿管の管、手術をした腸内の液を出すためのドレーン、心電図、足元の加圧ポンプ、酸素マスク、肛門を詰めた管など、体中に管がつながっている状態に気づきます。そのまま、ほぼ身動きができない状態で、天井をみながら眠れない夜を過ごしました。

その後、順調に術後の体は回復。絶食から流動食、普通食へと病院食が変わっていくと同時に、毎日1本ずつ体の管がとれていきました。腸内が癒着しないように、また体力回復のために筋肉を動かす必要があり、眠れない夜は、薄暗い病棟をひとりグルグルと何週も何週も点滴スタンドを持ちながら歩き回りました。

手術から6日後、面会室でパソコンで仕事をしていると、主治医の先生が私を見つけて声をかけられました。摘出した腫瘍と、まわりのリンパ節の病理検査の結果が出たそうで。

「リンパ節に転移なし。ステージ1のがんでした」

そう告げられた時、思わず先生の手を握りしめて、

「ありがとうございました」と言いながら、涙を流している自分がいました。

その翌日には退院。直腸がんの手術後、7日後に退院するというスピード回復。のちに主治医の先生から、こんなに早く退院された方は今までいませんでしたと聞かされました。

これも、日ごろのジョギングと、健康食生活と、年齢が50代若かったこと、そして何よりも早期発見での治療だったからでしょう。

左:8時間の手術後体中管がつながっていた 中:久しぶりにシャワーで頭だけ洗う 右:普段着に着替えて面会ルームでオンライン会議の準備

大腸(直腸)がんは、早期発見すれば治り、すぐに仕事ができる

私のがんは、直腸がん、ステージ1の進行がん(国立がん研究センターHP)でした。がんが大腸の壁をどれだけ深く入り込んでいるかの深達度はT2でリンパ節への転移はなし。がん細胞が、固有筋層に到達しとどまっている状態で見つかり、外科手術により、直腸とその周りのリンパ節を摘出しました。 

病理検査の結果、リンパ節にがんが転移していた場合、手術後の治療方法が変わってきます。転移したがんを治療するための化学療法、抗がん剤投与をする・しないを決めないといけません。化学療法を実施した場合には、仕事や生活に影響がでてきます。早期発見できたことが「転移なし」につながりQOLも上がります。

退院後、一時的人工肛門生活を1か月ほど続けました。

本来なら切った直腸の縫合不全を防ぐために、術後3か月以降に、一時的人工肛門閉鎖手術をするのですが、ストーマの具合で結果的に11月8日に再手術を行い、小腸をつなげもとに体に戻し11月14日には退院しました。2度目の手術時間は4時間程度。術後は、最初の手術よりも痛みが激しく、痛み止めが欠かせませんでした。

ビストロパパ社の繁忙期が12月~3月であることから、2週間ほど入院のための時間を確保するには、2024年4月ごろにしようかと、勝手に思っていたところ、早々に直腸と小腸が短くなりましたが、元の体に戻りました。

食事に関しても、まったく以前と変わらず、特に食べてはいけないものはなく、私のブログを見ていただいたら分かるように、いつものパパ料理を作り、家族で食べています。

ただ、直腸がんの場合、腸と肛門をつなげて生活することになったとき、直腸が短くなり便をためる、いきんで出す腸が無くなったために、排便障害がでます。私も退院後、しばらく頻便が続き、トイレにこもることが多かったのですが、次第にコツをつかむことができ1か月使用していなかった大腸も以前のように動き出し、今では、自分の直腸が短くなったことを忘れるぐらい、日常生活に戻りました。

「がん」の患者さんの心配事として「仕事を続けられるか」ということがあります。

幸いにして私は、自分の裁量で仕事ができますし、自宅を中心に、料理教室もオンラインで実施をしていることから、入院、手術、退院後も、まったく変わらず、仕事を続けていました。

一部のクライアント様や、担当者様には、事情を伝えて、スケジュールの変更や、リモートへの切り替えなど対応いただいたことで、1つの案件もこぼれることなく、入院期間中の10月~11月もこなすことができました。

病院の面会室からリモート会議に参加していたことをお伝えしていなかった皆さまは、私が直腸がんの治療中だとは、気が付かずにいらっしゃった方がほとんどです。

このように、とにかく私が経験した「大腸がん」は、早期発見ができれば、適切な治療を行い、仕事にもすぐに復帰できる病気になりました。これも現代医療の進化や、様々な情報が公開され患者自身も、前向きに行動するからではないでしょうか。

皆さんも、希望をもって、毎日を過ごしていきましょう。

現在、私の体からは検査の上では悪性のがんは無くなりました。これからは、3か月ごとの腫瘍マーカー等の血液検査。6か月ごとのCT検査。1年に1度の大腸検査。これらを5年続けます。

5年後、私の体の中からがんが見つからなかった時点で「完治」となります。

2028年10月に、完治のお知らせができるよう、日々精進します。

毎日、ブログと共に更新している、ビストロパパのinstagram。元気な姿を、インスタライブでも見せてみます。ぜひご覧ください。

10月4日に手術。11日に退院後21日(土)に配信した、YouTubeでのオンライン料理教室(トモショクキッチン)のライブ配信。とっても元気です!

がん検診のススメ

今、日本人の大腸がんの患者数は増えています。自分がなった立場から、大腸がんについて調べましたが、がんの部位別の死亡数で男性の1位は肺がんで、2位が大腸がん。女性の場合は1位が大腸がんです。

大腸は、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S字結腸、直腸に分類され、どこの部位にできても、すべて「大腸がん」です。それだけできる可能性のある場所も多く、また腸の粘膜には痛覚がないため、ポリープや腫瘍ができたことで、体は痛みを感じることはありません。そのため痛みを感じたり体の不具合がでてから見つかる大腸がんは、ステージ3以降のリンパ節や、その他臓器にがんが転移している進行がんである場合が多いのです。

私の場合は結果、運がよかったのです。真っ赤は鮮血便が出てくれたことで、慌てて大腸検査に行ったことから直腸にある腫瘍が見つかり、進行がんでしたが大腸の壁に深く入り込む前に見つかり、取り除けたのですから。

大腸がんは、小さなポリープが徐々に大きくなり良性から悪性へと「がん」化するものがあります。私の場合もそうでした。もし、5~10年ほど前に内視鏡検査を行い、その場で切り取れるサイズのポリープであれば、今回のように外科手術を行う必要はありませんでした。

大腸の腫瘍が大きくなり悪性になる前に見つかれば、大腸検査時に、ポリープ除去ができるのです。

大腸がんが増えいてる要因が、様々なところで紹介されています。酒、たばこ、運動不足、赤身肉や加工肉の摂取、乳製品の摂取、糖分の摂取など、食の欧米化があげられていたり。

ただ、統計的なことはあっても、個々人に当てはめていくと、がんになる理由や原因は、わからないことが多いと思います。

何が原因でがんになるか。

どれもなる可能性があるし、どれもならない可能性がある。

水も生命維持に必ず必要だけれど、飲みすぎてもカラダによくはありません。

だから、日々の食生活において、あまりにもバランスの悪い食生活を送ることは、良くないでしょうけれど、過度に1つ1つを食べる、食べないで、不安に思ったり、ストレスを感じるのではなく、日々楽しく笑顔でストレスなく生活することを優先し、美味しく食べたいものを食べる。そのかわり、

定期的に「がん検診(大腸検査等)」に行って、早期発見に努める

ことをすればいいのではないか。

それを、強く強く感じました。

さっそく、妻が大腸検査に行ったところ、1センチほどのポリープが大腸に見つかり、その場で切除。病理検査の結果良性でした。行って本当によかった。

今、私が出会ったひと、皆に進めています。

「がん検診、大腸検査に行きましょう」と。

ちなみに、大好きだったお酒を辞めた理由は、飲まないほうが自分の場合はQOLが上がったからです。飲んだあと、いつも眠くなって家で寝てしまって気づいたら23時ごろになったりと。飲まないほうが、自分の活動時間が増え、体調もよくなりました。強炭酸水で十分満足いくことに気づいたのも大きかったです。さらには、基本飲み物でカロリーを摂取していません。糖分が入ったジュース類、炭酸水、コーヒー、紅茶は、日常飲んでいません。この生活は20年以上しています。

誰かのために作る「ありがとうの料理」を伝えていきたい

娘が天国に旅立って、自分ががんになった今、こうしてココロとカラダのバランスを保ちながら、日々過ごせているのは紛れもなく、

「料理」をし続けてきたから。

そして、その料理や思いを、どんな時でも欠かすことなく、365日18年間「ビストロパパ~パパ料理のススメ」を更新し続けてきたから。

作った料理を食べてくれる家族がいたことが、どれだけ支えになったことか。

直腸切除術を行い、退院して、再びキッチンに立って、自分が食べたい料理を作れた時、

「料理を作ることができる」だけで、どれだけ嬉しかったことか。

料理を作っている時、ココロが落ち着きます。

手を動かし、目の前の食材と向きあいながら頭で考え、鼻で香りを感じ、舌で味を確かめ、時間がたてば、目の前に自分が作りだした「料理」が出来ている。

その料理は、食べたら無くなる。けれど家族の記憶には残り、食べたもので体が作られる。食卓を囲むごとに、ココロは満たされ、明日への活力になる。

人生何がおこるか分かりません。

けれど、こうして毎日、私が作る料理を食べてくれる家族や仲間がいれば、どんなことも乗り越えていけます。

作った料理を食べてくれて、ありがとう。

今いろんな困難に向き合い、乗り越えようとしている皆さん。

誰かのために作る「ありがとうの料理」を作りましょう。

そして、そんな気持ちをもって作ってくれたすべての人に感謝の気持ちを伝えて、

「ありがとうの料理」を食べましょう。

自らが手を動かして、生きるための料理を作る。

誰かの思いやりを、感謝の気持ちを伝えて食べる。

その先に、笑顔の食卓と、トモショクが続いていくと信じています。

そのために、自分ができること、誰かのお役に立つために、この健康なココロとカラダを使っていきます。

皆さんも、希望をもって、毎日を過ごしていきましょう。

今を、笑顔と前向きなこころで乗り越えていきましょう。

大丈夫です。夜明けがきっときますから。

毎朝、病院の窓から夜明けを見ていました。夜明け前が一番暗く、明けない夜はありません。いつか必ず朝日は昇ります。希望をもち、美味しくてあったかいごはんを皆で食べられますように。

最後に。読んでいただいた皆様。お陰様で、日々健康で、美味しく食べて、好きなギター弾いて、三毛猫のマリーと遊んで、楽しく料理して、笑顔で家族と食卓を囲んでいます。この体を大切に、誰かのために、精一杯お役に立てるよう、しっかり働きますので、これからもビストロパパ社、パパ料理研究家滝村をよろしくお願いいたします。

宣言:ビストロパパ滝村雅晴がやれること。

  • 「ありがとうの料理」の思いを広めます。2024年から、講演やセミナーでお話しします。
    「ありがとうの料理」を作ろう ~娘が天国へ、自らがんになって、今パパ料理研究家が伝えたいこと
  • ココロとカラダが健康になる「トモショク(共食)」の大切さや、大切にする家族を増やす活動(トモショクProject)を推進します
  • 「がん」になって「がん」を公開しても、働き続けるられる社会を創り、働くひとを応援します
  • 病気の家族を支えるために、男性の家事参画・パパ料理を広め、ジェンダー平等な社会創りを推進します
  • 「大腸がん検診」「がんの早期発見」を実体験からお話し、がん検診の40代以上の受診率アップに協力します
  • 児童養護施設等で暮らす子ども達の社会的自立を応援する、タイガーマスク基金の活動に賛同し応援し寄付をします
  • 大腸がん疾患啓発活動等、ブルーリボン運動に賛同し応援します
  • 小児がんの子どもたちを支援する、ゴールドリボン運動に賛同し応援します